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露街公開空地

創作やコンテンツに関する覚書......にしたい

オタク原体験

 2007年の夏。この期間に私のオタクとしての原点は存在する。

 当時中学3年生だった私は、高校受験のための勉強をそれなりにしながらも「オタクになってやろう」という野望を抱いていた。これだけでは訳がわからないと思うので、少し当時の状況を書いてみる。

 私の地元静岡県は以前より首都圏と中京圏に挟まれたアニメ不毛地帯として知られている。最近ではノイタミナがネットさたり「ラブライブ!」が2年越しに放送されたりなど、若干の改善は見られるものの、首都圏に比較すればまだまだ立ち遅れている。そんな環境にいたおかげで、2007年夏以前の私に、深夜帯にアニメが放映されることなんて想定しえないことだった。(最近はアニメの主戦場が完全に深夜に移行してしまった感があって、それについて思うことがないわけではない。)

 転機は地元テレビ局での「DEATH NOTE」「らき☆すた」の深夜放送だった。特に後者はいわゆる独立UHF系アニメで、フジテレビ系列のテレビ静岡で、まして関東圏から1週間程度のタイムラグで放映されたのは、富士山噴火の予兆かと思われる程度には特異な現象であった。「DEATH NOTE」は関東から3ヶ月遅れの放送であったが、演出の巧さも相まって、印象に強く刻み込まれることとなった。

「オタクになってやろう」はそんな2007年の周辺環境の中で必然的に生じた野望?であった。BSやらCSやらを受信できるわけではなかった(BSアンテナ設置について両親と交渉したことはあったが結局ご破算になった)当時、地元で放送されないアニメを見る手段は1つだけだった。

 ネットだ。

 幸いに光回線を契約しておりパソコンも基本的に自由に使える環境にあったたため、アニメを観る環境はすでに整っていた。なお、主に視聴していたのは海外の、非公式にアップロードされた作品であったことを断っておく。良い子のみんなは真似してはいけない。

 そうと決まれば何を見るか。当時巡回していたネット(主には2ちゃんねるのアニメ板)で収集した情報によれば「涼宮ハルヒの憂鬱」「ひぐらしのなく頃に」あたりが注目されているようだった。そこでこの2作品を取っ掛かりとして視聴リストに加えた。個人的にビビッときたのは「ひぐらし」の方で、作画はお世辞にも良いとは言えないものだったが、不穏なオープニング、寒村の風景、不自然なほどの萌え要素に「嘘だッ!」とともに狂っていく世界、哀愁を際立たせるエンディング、ひぐらしの鳴き声。その全てが衝撃だった。「ハルヒ」はよく出来過ぎているがゆえに「ひぐらし」ほど響かなかったのかもしれない。今見たらまた違う感想を抱きそうなものだけれど。

魔法少女への憧憬

 2007年夏クールはとんでもない3ヶ月であった。「らき☆すた」「ひぐらし解」「School Days」「なのはStrikerS」など有名タイトルが山のようにあった。そんな中で僕が、光回線にものを言わせて最新話を追いかけていたのは2作品のみだった。

 「ななついろ★ドロップス」と「もえたん」だ。

 この2作品はいわゆる魔法少女モノという点で共通していて、僕が未だに魔法少女にある種の憧れを抱いているのは多分このときの原体験にある。少なくとも最近になって、8年越しにDVDを揃えてしまう程度には深い原体験だ。この2作品、毛色はかなり異なるが、両作品は僕の内に眠っていた圧倒的な「萌え」を呼び起こしたのである。

ななついろ」については数年前、原作ゲームの感想を残念な筆で書いたが(削除済)、私の原体験はやはりアニメの方にある。そもそも見始めためた当初は、原作がヱロゲであることを知らなかったし、気付きもしなかった。この作品、特にアニメはお色気表現かなり抑えられている。それらしい場面は5話のお風呂くらいしか思い起こせない。2007年当時にあって、原作の出所がヱロゲでなければ、日曜の朝10時頃に放送されていてもおかしくないような作品だ。

 秋姫すももは、僕の中の「萌え」を呼び覚ました。彼女がいなければ今の自分の指向/嗜好は存在しないと断言できる。そうかこれが萌えなのかと、ひどく納得したのがこのときだった。少しずつ、着実に進みゆく物語を、時には泣きそうになりながら自分の意識に流し込んでいた。閑話休題

もえたん」は当時、本編というよりそのロリロリしさや放送時の規制のほうが話題になっていた感がある。「変身バンクがエロくって…」とマスコットに言わせるアニメといえばおおかた察していただけると思う。ちょっとえっちいけど平和的で楽しい魔法少女アニメだ。最近、Blu-ray BOXが発売されたもよう。

 この2作は毛色は異なるものの、災厄をもたらす敵との対峙や、使命を背負い、命をかけて戦う…といったハードな展開はほぼなく、安心して萌えられる貴重な魔法少女アニメである。そして僕の指向/嗜好はこの2作に多大な影響を受けています。

そして現在に至る

 思春期の蒸し暑い夏に、幸か不幸か脳に刻まれたこの体験が、私のオタクとしての原点なのだと思う。あの夏の体験がなくともアニメにはいずれ触れることにはなっていたのだろうけど、指向/嗜好は現在とは異なっていたかもしれない。「まどか☆マギカ」を追いかけたり挙句コスプレまで始めてしまうことは無かっただろう。

 思春期真っただ中に「萌え」に触れられたのは幸運だったと思う。オタク文化を肯定的に捉えられたことで、オタク的なものに偏見なく触れられるようになった。

 最近のアニメに思うことは以前に書いたとおり、作品一つ一つのクオリティが高いのはいいが、それにしても作りすぎじゃないかという点に集約される。ほんと大丈夫なのかと心配になる。

 なお、先に述べた原体験とほぼ時を同じくして、私はゲームを殆どしなくなってしまった。原体験とゲームをしなくなったことの因果関係は今ひとつ明らかでないが、それ以前にゲームで占められていた余暇がアニメに取って代わったというのが尤もらしい理由ではある。