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露街公開空地

創作やコンテンツに関する覚書......にしたい

只の変化

日記

 本日は投票日である。ゆえに投票所に行かねばならない。直近三ヶ月以内に引越しをしたため、投票所は旧住所地である。しかしそれ自体に問題はないく、バスに乗れば三十分程度で到着する。

 しかし、今年四月まで居を構えていたこの地をわずか一年で去った理由は、誰しもに納得してもらえる類のものではなかった。

「ここには居られない」という警告を、私は数カ月にわたり無意識から受け取っていた。そして今日の訪問は、警告に従って正解だったと思わしめた。たぶん原因は「空気」とでも言うべきもので、路上を行き交う大学生たちが放つ特有の、若さや全能感や同胞意識を多分に含んだ娑婆の空気に気圧されてしまうのだ。同年代のはずなのに今や違う生き物のように見える。少なくとも今よりは向上心のあった過去の自分、少なくとも今よりは上手く適応していた過去の大学生活。そんなものが思い出され、けれどそれらはもう返ってこないものだと知っていた。

 他に理由があるとすれば、自転車の往来だ。近隣の大学生たちには、自転車はごく日常的な移動手段と認識されている。が、あまりに日常的であるがゆえに、無法地帯と化してしまっている。これには路面の問題も多分に絡んでいるように見えるが、ユーザの意識にもまた、度しがたいものを感じる。おそらく五年以上前から、自分はそれを非常に煩わしく、また腹立たしく感じていた。こうした精神的な不具合から離れるためには、自分がその地域を離れるしかなかった。実際現在はある程度、自転車に関わる負の感情から離れられている。むしろ、これが転居の決定的な理由かもしれない。

 投票は数分で終わった。投票所に指定された公民館に訪れる老若男女。行き交う自転車。その様子を眺めながら私は足早に駅まで戻った。

 昨年駅前にできたカッフェの存在は知っていたものの、入店することはなかった。「昼時であるから」と理由付けをして、店の扉を開く。おそらく学生であろう、若い店員に快く迎えられた。営業スマイル。

 喫茶店としてはおそらく一般的な価格水準だったが、私は御品書を見た時「たっかい」と声に出さず呟く程度には貧乏性だった。珈琲ぜんざいおよびブレンド珈琲を注文し、請求額が四桁になってしまう。待つと、価格が価格だけになかなか豪勢な甘味が運ばれてきた。餡の甘さに悶えながら完食する。

 若さに満ちた街。自分が最早ここに居られないと感じることに一抹の悲しみを見出すこともできる。私は既に若さを、そしてそれに付随するさまざまなオプションを失いつつあることを示す事象であるからだ。しかし無意識は「これは只の変化である。それ以上の意味を見出してはいけない」と私に語りかける。多分そうなのだろう。だから、これは只の変化だ。