暗い空を仰ぎ見て

 生きるって、なんだろうね。
 僕の肉体はたしかに存在していて、たしかにそこには一個の生命が宿っているんだ。あるいは、たんに僕がそう認識しているだけであって、この肉体も本当は存在しないなのかもしれない。本当って、どこまでが本当でどこからが本当じゃないんだろうね。まあ、どうでもいいけど。
 僕は僕という肉体を維持するために毎日何かを食べ、七時間以上の睡眠をとる。毎日、毎日それを繰り返す。ろくにものを食べなくても、ろくに寝なくても生きていける人間も世の中には少数ながら存在するらしいけど、僕の身体では、そんな芸当は到底無理。食事を抜けば腹の虫が鳴り続けるし、徹夜をすれば次の日はマトモに動くことすらできない。身体って不自由だ。
 でも考えてみれば、不自由なのは身体どころじゃなく、命そのものなんじゃないか。僕が生まれたのは誰のためでもないし、まして僕が望んだものでもない。そのくせ、生まれてしまった命には、予め死がプログラムされている。いやだなあ、死ぬのは。そりゃあ、死にたくなることはよくあるけれど、そういうときに望んでいるのは物理的な肉体が生から死へと遷移することなんかじゃなく「死にたいという感情の死」だったりする。それを勘違いして歩道橋から飛び降りたり、ビルから飛び降りたりして本当に死んでしまう人もいる。生きている意味が無いとか言って。生きることを望みながら死へ向かう、そんな矛盾した行動を取ってしまえるのが人間だ。もったいないよね、なんか。そう思うだろう?
「よくわからない」
 彼女は僕の演説をたった一言で評した。ウザがられているだけなんてことはないよ、多分。
「きっと彼らも本能的には生きることを望んでいて、今は偶然上手くいっていないだけなんだよ。口先でああだこうだ言うやつもいるかもしれないけど、誰も生きることそのものを否定できやしない。だから、できることなら生きてみてほしかった。僕にそんなこと言う資格はないけれど、誰かが言ってたじゃん。『死ぬまで生きろ』って」
「生きている意味が感じられなくても?」
「うん」
「本当にそう思っているの?」
 手痛いなあ。
「わからない。自分の本心なんて、自分でもよくわからないものだよ」
「またそんなこと言ってはぐらかす」
「無意味なら無意味なりに、楽しいと思えることを見つけて生きればいいんだよ」
 僕の存在も、君の存在も、政治家も実業家も大統領も、空も地球もきっと宇宙も、本来的に意味なんてありはしないんだ。意味が無いものは怖いし、寂しい。だから人間はどんなものにも意味を求めたがる。意味をこじつける。みんな頭がおかしいのだ。
「生きていけそう?」
「うん」
 彼女が笑う。その笑顔を見ているだけで、生きている実感がわいてくる。
「よかった」
 良いことなのかな、これは。まあいいや。そういうことにしておこう。
 差し伸べられる手。その手を握ってしまったら、きっと僕らは同じままでいられない。ほんとうは、怖い。でも、そうすることで初めて、僕らは本物になる。だから、
「ありがとう」
 僕は、その手を、存在しない手を握る。