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露街公開空地

創作やコンテンツに関する覚書......にしたい

とある夏 (1)

日記

 祖母の危篤の連絡を受けたのが先々週のこと。私はスーパーマーケットで買い物をしていた。そこへ母から電文が届いたのだ。

 実を言えば、予測できる事態ではあった。その更に一週間前、私は実家近くの総合病院にいた。具体的症例について話を聞いたわけではないが、ここ一年ほどの祖母の体調を見ていれば、先が長くないことは容易に察せられた。入院した時点で、近い未来にそれが発生することは定められたようなものだった。買い物を中断し、あたふたと荷物をまとめて駅へ向かい、列車に乗り込んだ。

 現住所から実家までは新幹線と在来線で約三時間。どうにも落ち着かず、携帯電話を弄っていた。新幹線が三島駅に着いた頃「亡くなった」との電文。間に合わなかったのだ。妙に冷静だった。非日常的な事態に思考が追いついていなかったのかもしれない。

 逝去の報を受け取った一時間後にようやく実家最寄り駅に到着する。自宅へ戻った時には誰もいなかった。暇――というのも変な表現だがそういう他ない――になってしまった私は部屋の掃除などをして、今にして思えばそれは、繰り返しの日常の中に逃げこもうとしていたのかもしれない。

 母の付き添いで、遺体が家へ運び込まれたのはその一時間ほど後。遺体は間違いなく祖母の姿形をしていたが、それが動くことはなかった。人の姿をしているものが全く、微動だにしないことは奇妙なものだった。優しいお顔で眠っていますねなんてよく言うものだけれど、私にはその表情を形容することができなかった。幾らフィクションで死や死体に親しんでいても、現実の死に対しての想像力は驚くほど貧困だ。

 祖母は、最後の数時間を昏睡状態のまま過ごした。最後まで意識が戻ることはなかったという。眠るような死というものだろうか。延命処置は行われなかったが、おそらく本人の同意の上だろう。祖母は、自分の命が長くないことを知っていたように思える。最後の一年のうちに、古い写真や工作物をほとんど捨ててしまっていた。

 あの世へ持っていけるものはない。身一つで向かうしかない。だからだろうか、現世に残すものなどないと考えたのだろうか。だとすれば哀しい気もするけれど、自分がいざ同じ立場になったら、やはりそんなふうに考えるのかもしれない。

(続く)