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露街公開空地

創作やコンテンツに関する覚書......にしたい

承認

日記

「他の誰でもない自分」なんてものはどこにも居ないとも言えるし、すでに、誰しもが「他の誰でもない自分」を持っているとも言える。

 人は誰しも個人差あれど承認を欲している。 「他の誰でもない自分」が認められる、求められることを欲している。SNSにおける被「いいね」がセックスの快感と質的に同じものであるという。たとえばそれには自分が承認されているとか、求められていることを体感できるという共通点がありそうだ(まったくの想像でしかないが)。

 ただし実感といっても、求められているという事実が存在するとも限らない。「誰でもよかったのね」ということだ。フォロワーを身内で固めている場合は除くとして、フォロワー全員にとって自分というアカウントが「本当に求められている」ことなどありえないだろう。「承認を与えてくれるなら誰でもいい」と「コンテンツを提供してくれるなら誰でもいい」は鏡のような関係だ。相互に求めあい、しかし、唯一性はない。

 だからこそ、たとえ回線を通した関係でしかなくとも、本当に波長の合う数人は、本当に大事にするべきなのかもしれない。